春を探して「お外遊び」

4月1日〜10日まで「KUさんの水彩画展」開催します。開催時間は午後2時〜5時。(6日水曜日のみお休み)
開催期間中、カフェ(日替わりスイーツ)やります!古本(絵本・児童書・木のおもちゃ)の提供も受け付けています。


3月のお外遊び。
晴れのち曇り、最後には「雨」というお天気の中、抱っこの赤ちゃんから3才の元気!元気!のちびっ子さんまで七組の親子が参加して下さいました。
「春を見つけるんだよ」とビニール袋を手渡すと。
「はるってなに?」とちびちゃん。
「・・・。お花とか、いい匂いのするものとか、他になにがあるかなあ〜」
「つくしを見つけられるといいねえ〜」
風はちょっぴり冷たいけれど、子どもたちと歩く道には「春のいいもの」がいっぱい!!
セレンのHさんが道ばたの草や花について教えて下さるから嬉しい。
みんなの袋には次々に春の宝物が投入されます。ほとけのざやはこべらなど、春の七草も。
つくしも沢山生えていて、本物のつくしを手に♪ず〜くぼんじょ♪ずくぼんじょ♪とわらべうたを歌ったり。
さて、目的地の桜の丘と公園についてひとしきり遊んでいるとにわかに雲が広がりました。
「どうも怪しいよ、雨が降りそうだから帰りましょう。」
急ぎ足で帰る途中、ぽつりぽつりと雨が降り出し、最後にはきゃ〜きゃ〜言いながら走ってここあんへ掛け込みました。

今回は公園という目的地を決めて出かけた外遊びでしたが、目的地を決めないで子どもの好奇心の向くままに歩いてみることの方がここあん的には好みです。
目的を持つことである意味縛りが生まれてしまい、「そっちじゃないよ、こっち」と子どもの興味の対象とは違う方向に引っ張って行かなきゃならないとか、「急いで」とか、時間的なことも含め、どうしても大人が主導権を持つ感じになっちゃうから。
今、お子さんが集団生活に入る時期がどんどん早まる傾向にあります。それは仕方のないことでしょうが、仲間と一緒の楽しさを分かち合うことのできる年頃になる前に、子ども自身がそのお子さんだけの時間の流れの中でたっぷり遊びきることもまた必要な経験ではないかと私は思っています。
だから、参加しているみんなに無理に合わせる必要はなくて、何となく同じようなところにいるけれどそれぞれに見ているもの、感じているものは違っていたり、何よりお子さんの今今の心持ちに寄り添ってあげる時間にして欲しいと願っているのです。

子どもたちにあれを見せてあげたい、これもさせてみたいと私自身もつい欲張りになってしまうのですが、極力その気持ちを抑えて、目的を持たず、ただただ子どもに寄り添うということを意識していきたい。そのことを改めて思い返しているところです。
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by coco-an | 2011-03-30 09:15 | イベント報告 | Trackback | Comments(2)
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Commented by りゅうの母 at 2011-04-02 08:34 x
歩き始めてから、3歳くらいまで、トコトンつきあってもらう経験をした子供は、だいたい聞き分けの良い子に育っているように感じます。

あてのない散歩や、同じ絵本を何十回と繰り返し読むこと・・・もちろんなんでも言うことを聞くのではなく、子供にいかに納得してもらい、終わらせるか、という事ではないでしょうか。

こういった経験は集団生活で大いに役立ちます。片付け、排泄など、個人の欲求とは離れたところでスケジュールが進められる中、すばやく切り替えが出来る子、いつまでもおもちゃが手放せられない子と分かれす。

切り替えが上手く出来ない子は、「つきあってもらう」経験が少ないのかなぁ・・・と感じています。
Commented by coco-an at 2011-04-02 09:03
りゅうの母さま
本当に、私もそう思います。子どもの行動に無駄なことは一つもないのよね。同じことの繰り返しのように見えても、その度に何か確信していたり発見しているのだと思う。

今はややもすると、早く集団に入れること=子どもに学ばせること、みたいな感覚があるのかも知れないけれど、集団に放り込む前にまずは親子の信頼関係をしっかり築かないとねえ。
やりのこしは、ずっとずっとやりのこしのままで解決されることはないからやっかいです。

聞き分けのよい子は、思いをしっかり受け取ってもらえた子。人の話が聞ける子は、しっかり話しを聞いてもらった子。
子育てしながら、そのことに気づいてもらえるといいんだけど。