光はどこに

悲惨な事件というものが、どうして繰り返されてしまうのだろう。
とりわけ少年犯罪と呼ばれるものは、哀しみと絶望感と、激しい無力感の渦に私を突き落とす。

神戸の連続児童殺傷事件の犯人が少年だと分かったとき、ちょうど同じ年頃の息子を持つ身だったこともあり、大きな衝撃を受けた。
あれから、あの、つかみどころのない、「どうして?」という疑問が解決されることのないまま、「人を傷つけてみたかった」というような、到底受け入れることの出来ない感情が事件の動機だとされる狂気的な事件が繰り返される。

その後加害少年は、更正し、社会生活を送っていると聞く。
ならば、更正の過程や、その中から見えた生育上の問題点などを明らかにして欲しい。
子どもの心を、歪ませてしまう要因がどこにあるのかを私たちは知る必要があるのではないか。
共感性を欠いた行為を憎まなければならない。
そして、そうした行為に及ぶ子どもの心理を理解しなければならないと思うのだ。

どうしたら子どもを救えるだろう。
もしかして、我が子が次の加害者になってしまう恐れだってあることを、親たち、そして地域の大人たちは肝に銘じておかなければならないと、私は思っている。
そうならないための手立てを、示すのは誰だろう?

「どうして?」
「どうすれば?」
光の見えない出口。
しかしどこかに必ずあるはずだと信じ、さまよい歩いているような、この頃の私。
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by coco-an | 2014-07-31 09:29 | 庵主ひとりごと | Trackback | Comments(0)

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