おせっかいごころ

出先で、明らかにお子さんに手を焼いている様子のお母さんを見かける。
ちょうど2歳くらいと思われるお子さん。
まだ言葉は出ていない。
思うことが叶えられないからだろう、意思表示はしているが親の方には通じない。
本当は親は分かっているのだ。けれど、気づかない振りをする。
しきりに外を指さす子ども。
どうしようもないからだろう、最後の手段に出る。
床に寝転んでしまう。
きっと、いつもこうなってしまうのだろう、親の方は半ば諦めの表情。
おせっかいなおばあさん、見るに見かねて「ママ〜、だっこして〜って言ってるのかな?」と顔をのぞき込んでみる。
しっかり目を合わせてくれるし、こちょこちょとちょっかいを出すとぐふぐふって笑う。
「なにもかもいやなのよねえ〜」とママ。
もしかしてこのお子さんは、今までずっと思いを叶えられずに育ってきたのではないか。
子どもの思いと親の思い、それが交わっていなくて平行線のまま過ごしているように見受けられて、切なくなった。
この日はきっと、お子さんのためにと出かけてこられたのだろう。
「ああ、やっぱり、ちゃんと参加することは出来ないんだ」とあきらめ顔で外へと出て行かれる姿が痛々しかった。
このお子さんには、特別な体験に出会わせてあげるより前に、まずは親子の基本的信頼関係をしっかりと互いの身心に染みこませることが必要なのではないか。

子どもに寄り添うこと。それはとても難しいことだ。
腕を組んで、子どもがそこいらを勝手気ままに動き回るのをぼんやり見ていたのでは、子どもの本当の姿を見ること、心を理解することは出来ない。
子どもが何を見つけ、何をしようとしているのか、すぐ近くに寄り添いながら、共感することを繰り返す中ではじめて、子どもの声を聴き、思いを感じ取ることが出来るのだから。

何とかしてあげたいな。おせっかいおばあさんは昨日からずっと考え続けている。



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by coco-an | 2015-06-12 08:54 | 庵主ひとりごと | Trackback | Comments(0)

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