カテゴリ:庵主ひとりごと( 816 )

大雪により、おこもり中。
晴れ間に雪かき、時折ラジオ体操、仕事すれば良いのに仕事には集中できず、つい手わるさです。
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耳までこっぽり・・・の帽子。
これで雪かきも寒くないかな。

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この冬はじめての本格的な積雪。
どうやら今日は一日、降り続きそうです。

雪が降ると、子どもの頃を思い出す。
雪は遊び相手でもあったけど、時に全く様子を変えて襲いかかることもあり、大好きだけど恐ろしい、特別な存在だったからでしょうか。
お空の上からはかなげに舞い降りてきたかと思うと、じゃんじゃんどかどかと落ちてきたり、手のひらで受けるとすぐにしずくになってしまうのに、みるみる積もって何もかも真っ白に覆い隠してしまう様はまるで魔法のよう。
刻々と姿を変え、人々を翻弄し、やがて消えてしまう。

雪の記憶には必ず大人の姿がともにあって、例えば・・・
雪の積もった朝、町内のおじさんが大きな長靴で足跡をつけながら通学路の先頭を歩いてくれたこと。
子どもたちはその後を一列に並んで学校まで歩いた。
帰り道、猛吹雪に遭い、一歩も先へ進めなくなって通り道のお宅で雨宿りならぬ「雪宿り」させてもらったこと。
ストーブの上で手袋を乾かしてもらい、その温かくなった手袋に手を入れた瞬間のぬくもり。

雪の中を、だまって歩き続けながら、子どもの私は何を考えていただろう。
じんじんする手足の感覚。
長靴に雪が入らないようにそっとあるくけれど、長靴より深く積もった新雪の上を歩いているのだから必ず雪が入ってしまう。
その雪が長靴の中で溶けて、いつも足はぬれてしまうんだ。
そして帰るとき、ぬれた長靴はとても冷たい。
そうした感覚は今も鮮明に思い出すことが出来る。

登下校の思い出は、私にとってこの上ない財産になり、これからも私を励まし続けるだろう。
小学校が遠かったからこその豊かな体験、ありがとう。



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幼い子どもが親に「ねえ、読んで」と絵本をねだるとき、「こっち見て」とおんなじだって誰かが言っていたけれど、ホントにそうだと思う。
「だっこして」とか「そばにいて」とか、「一緒に遊ぼう」・・・そういう気持ちでもあるのだろうね。
絵本を読むとき、親はやりかけていた全てをやめなきゃならないのだからね。
大好きなお母さん、お父さんを独占できる時間。
「ねえ、読んで」はその時間を求める声だと思う。

一方で、親以外の人に「ねえ、読んで」とねだることもある。
ここあんで、小さな人たちと過ごしていると、不意にひとりが絵本を差し出してくることがある。
「これ、読む?」と問うと、「うん」と頷くので、「じゃあ、読もう」と絵本を開き、読み始める。
すると次々に小さい人が集まってきて、私の膝の周りはすっかり取り囲まれてしまう。
私は親ではないけれど、この人たちはきっと「絵本を読んでくれる人」って思っているのだろうね。
こうなるとそれぞれ次に読んでもらう一冊をどこからか調達してその場に集うようになり、「おしまい」の声にさっと次の絵本を差し出す手際の良さ。
終わらないお話し会のはじまり。
何のためらいもなく私の膝にお座りする人もいて、「あら、あら」と嬉しい悲鳴。
次から次に差し出される絵本を読み、「もう一回」と声にならない眼差しでの訴えに応えるひととき。
絵本をじっと見つめる小さな瞳のその真剣さに驚かされながら、お話しの世界を共に旅する楽しさを満喫する。

子どもには「ねえ、読んで」と言える人が親以外にたくさん必要なんじゃないかな。
祖父母であったり、私のように定期的に出会うおばあさんであったり・・・
親も子も安心して過ごせる場や人があること。
「ここあん」がそういう場になれているのだとしたら、うれしいな。

「ねえ、読んで」
言う方と言ってもらう方、どちらも等しく幸せ。
対等で良好な人間関係がそこに生まれる。
親子とは少し立場の違う関係性がきっと子どもには必要なんだろうね。



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今朝起きてびっくり、あれ?晴れてるじゃん005.gif
昨夕の暴風と冷え込みに恐れをなし、「土曜日文庫中止」って参加予定者にメール送信したのに015.gif

ひとまずここあんに出勤し、肩すかしをくらったようなお天気に「何だかなあ〜」とぼやく。
雪が降れば困る。
だけどどこかで雪を待つ心もあったりして、勝手だなあ〜私。

さあさあ、ここあんの掃除でもしましょうね。

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私は妹。
「おねえちゃん」
「おねえちゃ〜ん」
子どもの頃、きっと何万回も呼んだに違いない。
「おかあさ〜ん」よりたくさん呼んだな、きっと。

いつも甘えていた。
いつも助けてくれた。
「妹は得だ」
本当にそうだったと思う。
ごめんね、おねえちゃん。
先に生まれてくれて、ありがとう。

生まれてくる順番を、神様が決めるのだとしたら
二番目に生まれる者や、三番目に生まれる者にも
それぞれに役割や使命を与えているのだろう。

2番目に生まれた私は・・・
甘えてばかりで良かったのだろうか。
この年になって改めて考える。

「おねえちゃん」って呼ばれるのはどんな気持ちかな。
「ねえ、おねえちゃん」って呼ぶ方の気持ちをお姉ちゃんは知ってるかな。

お姉ちゃんは先に生まれたのを損だって思っているかも知れないけれど
私はまた、お姉ちゃんの妹に生まれたいと思っている。
すごく勝手な話しだね。
でも仕方ない、妹ってそういうものなんだから023.gifね。

ここあんにいて、小さな姉妹、兄弟たちの様子を見る度に、
その存在がどんなに尊いかを教えられます。

私の「おねえちゃん」、ありがとう。





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満93歳、一人暮らしの叔母は、いつもうっすらとお化粧をし、髪を丁寧に結い上げて身ぎれいにしている。
耳に添う形のイヤリングも欠かさない。
「おばあちゃんの口癖だったが・・・いつでも身ぎれいにしておかないけんって」
「外へ出るときはいっつも綺麗な白足袋履いてなあ〜」
母親(私の祖母)のことを引き合いに出し話した。

そうだな、おさわばあさんはいつもきちんと着物を着ていた。
毎朝起きると寝床の中で独自の体操をした。
身体がほぐれると着替えをし、鏡に向かった。
衣類を汚さぬようにケープを掛けて髪を結う。
ひとつひとつに時間をかけてね。
紅をつけるようなことはなかったが、顔や手からは常にコールドクリームのにおいがしていた。

今思うと、おさわばあさんは自立した人だったんだ。
ほぼ一日自室で過ごしていたが、最後まで自分の毎日を自力でこなしていたもの。
新聞や週刊誌を隅から隅まで読む。
一日をスケジュールどおりに淡々と過ごす。
友達というような人などなく、老人会とかの集まりに参加するのを好まない人だったが、
自分の時間をひとりで楽しめる人だったんだろうなあ。
娘たち(叔母たち)に半ば強制的に与えられる任務(毛糸編みや裁縫など)をぼちぼちこなし、手を動かすこと、散歩することを欠かさなかった。
体調を崩して床につくようになり、最後のひと月ほどは娘たちに代わる代わる看病してもらいながら亡くなった。
自宅での大往生。

おさわばあさんは口数の少ない人だったが、肝心なところはちゃんとみていて、幼い頃の私に様々なことを教えてくれた。
ものを大切にすること、
食べ物を粗末にしないこと、
悪いことをすると己に帰ってくること・・・
暗くなるまで遊んで帰ると「ことりにさらわれる」と度々言われ
「小鳥がどうして私をさらうのか」と不思議だったが、あるとき気づいた。
「小鳥」ではなく「子とり」(人さらい)だと。
気づいたとたん恐ろしくなったのを覚えている。
幼い頃の記憶には、おさわばあさんの小さな身体とずんぐりした手と、息をフウフウさせながらおやつの用意などしてくれた日々が残っている。
私は長い間、このおさわばあさんと寝ていたんだっけ。

叔母は今、おさわばあさんの生き様に己を重ねつつ、身ぎれいにと暮らしているのだな。
えらいなあ〜。

一方、ほぼ同い年の家のばあちゃん
このところ毎日パジャマのまま008.gif
嫁さんの連日「髪、とかした?」攻撃にあい、髪の毛もじゃもじゃはなくなったが・・・
外へ出ないからってどうなの015.gifって思う。
さあて、そろそろ「お着替えしましょうね」攻撃を発してよいのでは013.gifと目論む。

かく言う私も未だ部屋着(寝間着とも言う)のままだったわ012.gif
えへへ。
誰のためでなく、己のために、身だしなみ、整えよう。


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今年はまだぜんざいを食べていませんでした。
鳥取県内は、お雑煮が小豆雑煮という地域も珍しくないのですが、我が家では雑煮は薄口醤油ベースが定番です。
ぜんざい用にと求めて置いた小豆が気になりつつ、やっと今日煮ることができた。
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2椀で一人前を「夫婦ぜんざい」として商っているところがあるらしいけれど、
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夫婦それぞれに愛用の椀で食べる「夫婦ぜんざい」、
椀は、きしもと工房さんで求めたお気に入りです。
少し大きそうに見える内側全体朱色なのが私用です。
お餅が沢山入っているように見えますが、4分割にし焼いて入れた丸餅1個分です。

ぜんざいを食べると正月ボケから仕事モードに切り替わる感じがしますね。

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暖かいですね。
ここあんの中は寒いけど、裏庭へ出れば・・・3月くらいな感じ。
ホントに冬なんだよねえ023.gif
春の七草をいくつかみつけたよ。
さあ、どれだか分かるかな?
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1月の外遊びは例年「初詣&七草がゆ」012.gif
ここあんの裏庭で最低限賄えそう。


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今年は酉年
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♪一羽のにわとり ケッコー
 二羽のにわとり ケッコー ケッコー
 三羽のにわとり ケッコー ケッコー ケッコー

わらべうたの如くケッコーな一年になると良いね
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誰かが忘れていった折り紙のニワトリ
こういうの考える人ってすごい005.gifと思う。

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新年あけましておめでとうございます。
今年初めのお日様が昇るのを家の窓から眺めました。
美しい黄金色の朝が広がっていきました。
日本中の様々な場所でこのご来光を見つめる人たちがいるのだろうなと、そう思うと人々の歓声がすぐそこで聞こえるようでした。
きっとよい一年になりますね。

お雑煮にかもじのりを添えて、一年ぶりの味にしみじみします。
「ああ、おいしい〜」
元旦もお仕事に出かける人たち(今年は2名)を送り出し、まずはブログでことはじめ。
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今年は長年仕舞い込んでいた羽子板を飾ってみました。
私が生まれてはじめて迎えたお正月にお祝いとしていただいた品だと思います。
ですから50年以上前のものですね。
子どもの頃、大人の目を盗んでこれで羽根つきをしたものです。
もちろん見つかる度に叱られたのは言うまでもありません。
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今年は孫が生まれるので、羽子板と破魔弓、両方を飾ってお腹の中のベイビーたちに歓迎の意を表してみました。

親にしてもらったように、できるだけ次の世代に同じようにしてやれたらいいなあ。
特にお正月には引き継いでいきたい暮らしの豊かさが沢山あるもの。
それぞれの家庭のお節やお雑煮、お正月遊び、初詣・・・。
次の世代の人たちにしっかりバトンを渡せるように、今が踏ん張り時かしら。

♪羽根や 羽子板 いらねども
 江戸の とっつあんに あいたいわいな
 ほーけきょ けきょ けきょ けきょ

(鳥取のわらべうた)

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