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水先案内人

斉藤先生の本のこと、もう少しご紹介しますね。
これは是非、ひろみさんやりゅうの母さまにお伝えしたいって思っていたことです。

斉藤さんは息子さんにずっとずっと読み聞かせをされていたそうです。自分が伝えたいことが凝縮されている素晴らしい物語の数々を親として読んで聞かせたいという強い思いがあって、子どもさんの成長と共に、絵本から物語へと読み聞かせは続けられたのですが、どうしてもこれだけは最後まで読み聞かせたいと願っていた途中、「パパ、もう自分で読んでいいかな」と息子さんの方から決別宣言が出され断念したのだそうですが・・・。
息子さん、10才の頃の出来事だそうです。
けれど、息子さんとの読み聞かせ生活や、子どもと「本・物語」の関係を見つめる中で、子ども時代に物語の世界を知ることの意味と、そのための「水先案内人」が必要だと言うことに気づかれたそうです。
子どもは、絵本や物語を通じてさまざまな世界を旅することができるけれど、一人でその世界に挑んでいくことはできない。信頼できる人(親や先生など身近な大人)がその物語の水先案内人となってくれるからこそ、恐怖や不安を抱きつつも足を踏み入れることができる。安心してその世界を楽しむことができる。
斉藤さんの息子さんからの決別宣言は、一人で、誰の助けも無しにその世界へ入って行く覚悟をした時なのであろうと、思春期の入り口にさしかかり、自分と言う存在を強く意識しはじめる年頃になった証を、親として見いだされた瞬間だったのではないかしら。

小学生ともなると、絵本を早くも卒業し、読み応えのあるものを自分の力で読むようになるけれど、読み聞かせはまだまだ続ける必要があるようですね。
絵本の見方も変わってきているでしょうから、良い絵本を繰り返し読み続けることも大切。
そして同時に、その年令にこそ出会わせたい本があり、それは早すぎても、遅すぎてもきっとダメなのね。その年頃だからこそ味わえる感覚、世界の広がりがあるんだろうって、そう思います。

さて、では小学1,2年生で読書好きの人たちに一体何を勧めたらいいのかしら?
それがなかなか難しいわね。
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by coco-an | 2011-07-31 10:19 | 庵主ひとりごと | Trackback | Comments(4)

さてさて

かき氷パーティーで仕事納めとなったここあんです。
これからしばらく、おとけいさんがひとり、留守を守ってくれるはず。

夏休み初日。
さてまずは、たまっている書類や本棚の整理でもはじめてみますか。
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by coco-an | 2011-07-30 08:57 | 庵主ひとりごと | Trackback | Comments(4)

「待つ」ということ

ここあんにいて、私はしばしばお母さんを待つ子どもたちの傍らで過ごすことがある。
ここあんの玄関先であったり、トイレの前であったり、そう、彼らはある意味「待たされる」ことを日々強いられてもいるわけだ。
きっと私もそうだったであろう。息子らを待たせる常習犯だったに違いない。
けれど、今幼い人たちと共に過ごしてみて、「待たせない」という努力を大人たちはすべきだと痛感している。
どうしても待たなきゃならないことはある、泣きながらでも親を待って過ごさなきゃならないことだってある。
だからこそ、である。だからこそ、できうる限り待たずに済む工夫をして欲しいと願う。
特に、ほんのちょっと、大人にすれば数分のことであっても、いや、数分だからこそ大人は気づかずにやり過ごしてしまうけど、例えば数分泣くのを我慢して待ち続けているのと、30分よその人に預けられて待つこと、大人にとっては明らかに違うことだけど、子どもにとっては同じかもしれないって私は思う。
時間の概念をもたない子どもにとって、短くても長くても不安であることは同じ。大人の時間と子どもの時間には大きな違いがあるんだよね。
そんなことを思いながら、斉藤惇夫さんの「現在(いま)子どもたちが求めているもの」という本のなかの文章を思い出していた。

小学1年生の斉藤少年の忘れられない記憶。
ある日学校から帰るといつも「おかえり」といってくれる母の姿がない。
家中探しても居ない。斉藤少年は不安でたまらず、玄関先でべそをかきそうになって待っていた。
そこへ買い物かごを下げて母親が帰ってきた。
少年の顔を見るなり「どうしたの」と笑顔の母は明るい言葉の調子で聞いた。
少年は、どうして自分の不安をよそに母は明るく笑っていられるのだろうと不思議だった。
この記憶は初めて母に対して感じた不思議さだったそうであるが、おそらく2,3分の出来事だったかもしれない「いるはずの母がいない時間」は、少年を恐怖と絶望の淵においやったのに、何故母にはその気持ちが分からないのだろうと、そのとき少年は感じたのだそうだ。
この出来事は、大人にとってはほんの数分の取るに足らない出来事であったとしても、子どもにとっては、50年も経て今なお鮮明に覚えているくらいの重大な出来事だったのだと、斉藤さんは振り返っていた。
子どもの時間と大人の時間がどれだけ違うか、斉藤さんは大人の時間が水平に流れるものだとしたら、子どもの時間はそれに対し垂直にひろがり、上の方は永遠とむすびつき、下の方は自分の心の一番奥と結ばれているというイメージだともおっしゃっています。

子どもは大人とは違う時間を生きている。そのことをこの夏休み、しっかりと考えてみたいですね。
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by coco-an | 2011-07-29 11:02 | 庵主ひとりごと | Trackback | Comments(2)

夏休みのお知らせ

いよいよ明日から、ここあんも夏休みに入ります。
今日の午前中は仕事納め。汗を拭き拭き、最後のここあん開設、頑張りましょう。

土曜日文庫は、8月20日(土)10時半〜、子育て支援センターひまわりの「絵本の部屋」をお借りして開催します。
では20日まで皆さんお元気で、ごきげんよう。
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by coco-an | 2011-07-29 08:43 | お知らせ | Trackback | Comments(0)
せなけいこさんの絵本、ここあんにも数冊あるけれど、あまり積極的には読まない。
どうしてかな。好きか嫌いかと問われたら、個人的にはあまり好きではないタイプの本なのかも。
けれど子どもが「読んで!」って持って来たりすることは多いんだよね。

今日、「親子で絵本を楽しむ会」のスタッフとしてでかけた先で、おはなし会の後にせがまれるがまま次々に読んだ絵本に、せなけいこさんの絵本があった。
「きれいなはこ」という絵本。きれいなはこを見つけたねこさんといぬさん、どちらも自分が見つけたんだと言い張って、ねこさんはいぬさんをつめでひっかくし、いぬさんはねこさんにがぶりとかみつく、そしたら大変なことになっちゃうの。
実はこの絵本を読む前、2〜5歳ぐらいの3人の男の子たちが絵本の真ん前に座りたくて膝の上に乗り合うようにぎゅうぎゅう押し合って場所取りをして、ちょっと手や足が出たりしていたのね。ケンカにまでは至らないけど、もめはじめてたわね。
ところが、この本を読み始めたら表情が一変して、みるみるしおらしくなっちゃった。
「きゃーっ!!」ねこさんのつめがのびちゃった。
「きゃーっ!!」いぬさんの口が大きくなっちゃった。
ページをみているときの子どもらのぎょっとした顔、助けを求めるような眼差し。
最後に「おばけになっちゃった」で終わると、しばし沈黙が・・・。
あら、この本、効き過ぎた?って思ったらすぐに「もう一回!」とみんなの声が揃った。
読んでいたこちらも、ホッ。
2度目も、やっぱり怖いんだけど、おばけになっちゃうねこさんやいぬさんの真似をしたりして、怖さを面白さに代えようと、3人で大きな口を見せ合ったりしていましたよ。
子どもたちの表情が本当に面白く、1冊の絵本が心を動かす様をじっくり観察させてもらいました。
せなけいこさん。もう少し積極的に読んでみようかな。そんな気持ちになった出来事でした。
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by coco-an | 2011-07-27 21:46 | 庵主ひとりごと | Trackback | Comments(3)

トイレくんとの会話

トイレくん。
新しくなった我が家のトイレを、密かにそう呼んでいる。
付け替えるまでは、「便座が自動で開くとか、自動で水を流すとか、必要ないよね」って思ってた。「水ぐらい自分で流させて!!」くらいな勢いでね。
ところが・・・。
新しくなった便器を前に、心の中で会話していたりするわけだ。
まず、トイレくんの前に立つ。「ほい、来たよ。ひらけ〜ごま」。
静かに蓋が開く。「よしよし」
用を足して立ち上がる「終わったよ〜」
水が流れる。「はい、ごくろうさん」
見届けて「ばいばい、またね」ってな具合。
もちろん、心の中でのやりとりだけど、我ながらおかしい。
そして、トイレくんに会うのがちょっと楽しみ。
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by coco-an | 2011-07-27 08:51 | 庵主ひとりごと | Trackback | Comments(4)

涼しい夏の日に

こんなに涼しくていいのかしら〜。
夕べは、夫と二人、みなと祭の花火を屋上から眺めた。
今年は花火の数が少し多かったような気がする。違うかな〜。
もう終わりだね、って下に降りた後、やけに賑やかにドンドンドドーンって響いていたから。
夜空を吹き抜ける風は秋を思わせるような涼しさ、時折多くで花火とは違う稲光が発生していたりもして、ちょっと不思議な夜だった。夜半に雨になり、雨はその後勢いを増した。

不思議と言えば、近所の小学校の銀杏の木が葉を落としていて「あれ?」と思った。色づいてもいない緑の葉をたくさん落としていた。
その後、渡のお寺の入り口の大銀杏も同じように葉を落としているのをみた。実もたくさん落ちていた。
この時期に、葉や実を落としてしまうこと、あるんですね。
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by coco-an | 2011-07-25 07:58 | 庵主ひとりごと | Trackback | Comments(2)

ままならぬこと

生きていくって、食べることなんだ。そしてゴミを増やすことか〜って思う。
ただ今フルメンバーの我が家。
買い物(主に食品)とゴミ出しに随分労力を奪われる。
特に気になるのが、ペットボトルや発砲トレイがすぐにたまること。
「ペットボトルの飲み物はなるべく買わないようにしない?」と、外出時もマイボトル持参を半強制してはいるのだけれど・・・。
ばあちゃん用にと常備しているスポーツドリンクにみんなの手がつい伸びる。
「お茶を飲みなさい!」の母の声に反し「味のついてるものが欲し〜い」だと。
むむむ・・・。
スーパーに行けばさ、冷たい飲み物がずら〜り、せめて身体に良さそうかしらとCCレ○ンとかを買って(ビタミン系の表示に弱い)しまったり。
人気のないお茶だってさ、毎日2回沸かし、そして冷やしていてもすぐまたなくなるのよね。
さて、知らず知らずたまっていたペットボトルを回収所に持って行くと、回収箱には入り切れずに外に積み上げられていた。
仕方ない、再び車のトランクに押し込めた。今度リサイクルセンターに持って行こう。
我が家ばかりではない。世の中、回収が間に合わない程、飲み物が消費されているんだな。

ペットボトルに発砲トレイ、ティッシュペーパーやアイスクリームなどの空き箱類、こうしたもののたまってゆく様をみるにつけ、買わずに済ませたいと思うけれど、思うばかりでままならぬ現状にストレスを感じてしまう。
あ〜、やだやだ。
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by coco-an | 2011-07-24 10:20 | 庵主ひとりごと | Trackback | Comments(0)

心の冒険

昨日は米子市児童文化センターでの「ゲームマスター養成講座&ゲーム大会」でした。
新たにゲームマスターになった方たち、楽しい遊びを子どもたちに伝えていって下さることでしょう。

最近、NPOの仕事の中で要望が増えているのは、こうしたアナログゲームにかんすること。
私たちが信頼を寄せる”おもちゃアドバイザー”の木やさんとタッグを組んで事業展開しています。
アナログゲーム?何?って方にはこちら→アナログゲーム普及のためのDVDがオススメ。(ここあんには貸し出し用がございます。もちろん販売用も。)
DVD映像の中、庵主を見つけた方には豪華景品を、な〜んて「ウソで〜す。」

さてさて、昨日も様々なドラマがございましたよ。木やさんが常々仰っている「心の冒険」の瞬間が。
お友達に負けて悔し涙を流す女の子、涙を手でぬぐいながら「もう一回!」と声に出しました。
みんなで悪者カラスに勝ちました「やった〜」思わずばんざーい!
ゲームは面白い、けれど嫌な思いだってするのです。
もしかすると、マイナスイメージの感情に支配されることの方が多いかも知れません。
ずるをしたくなる心や人をうらやむ心、なげだしたくなる心・・・、そうした心の動きこそ、対面ゲームの中で味わって欲しいのだと木やさんはおっしゃいます。
負けを認めること、それは幼い子どもにとっては難しいことです。けれど、必ずそれができるようになる。そういう子どもの成長表現も、ゲームを通じて発見できますしね。
ここあんにも3歳前後から遊べるゲームを揃えています。
はじめから上手くはいきません。大人が手助けしつつ、「できた」って瞬間がひとつでもふたつでもあったらいいな〜位の気持ちで一緒に遊んで頂ければ嬉しいです。
まずは親子で、繰り返し遊んでみることが大切ですね。
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by coco-an | 2011-07-23 09:27 | 庵主ひとりごと | Trackback | Comments(4)
ここあんの夏休みまでの開設日、残り5日です。
7/23(土)10時〜12時
7/25(月)おむつなし育児の会10時半〜12時
7/26(火)お外遊び10時半〜12時
7/28(木)10時〜12時
7/29(金)10時〜12時

来週のお天気はどうかしらね。ものすごく暑い日は、水遊びできるといいな〜って思っています。
そして、かき氷が食べられるかも知れません。
絵本クラブ会員の方は8月号を受け取りにお出かけ下さいね。
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by coco-an | 2011-07-22 09:12 | お知らせ | Trackback | Comments(0)

ここあん(子己庵)開設情報・日々のあれこれ


by coco-an