ここあんの「おもちゃ屋さん」開店からひと月。
ここあん利用者さまを中心に、数少ないラインナップにも関わらず、「いいわね〜」と気に入った商品をご購入いただき感謝しています。
追加発注、検品・・・と初めての仕事にまごまごし、エアレジ操作で手間取って、お客様を心配させる店主です。
あたふたしつつの帳簿付け・・・「あれ?合わないぞ」と釣り銭、売り上げを幾度もチェック。

そんなところへやってきた知恵さん。
全くお客様扱いはされないで、それどころか、イベントの前には掃除機をかけたり玄関を掃いたり・・・、お客さんにお茶出ししたり。
店主の留守には「手ぬぐいと紙風船のお買い上げがありました」と店番まで。
何から何までお世話になっちゃった〜。
もしや、ここあんリニューアルのお手伝いのために来てくれたのでは?

その知恵さん、いよいよ東京へと戻られます。
楽しかった10月よ、さようなら・・・。
次のお楽しみまで、しばしのお別れですね。

昨夜、わらべうた研修会の定例会に参加してくれた知恵さんから、カニのあやとりと面白いわらべうたを習いました。
まだまだ私達の知らないわらべうたがあるんだなあ。
面白い遊び方があるんだ〜。
知恵さんといると、わらべうたの懐の深さを感じます。
先日の「ひとりおそるおそるライブ」で聴いたちょっぴり怖いわらべうたも、またじっくり聴いてみたいですし、アイヌのわらべうたなどもいつか聴きたいと思っています。

そして今回面白かったのは、ここあんに来る親子さんたちが、知恵さんを見ても全然驚かないってこと。
「あ、来てたんですね〜」みたいな。
特別紹介もしないのだけど、みんなすでにご存知。

今日は快晴。
晴れ女の知恵さんが不在中の東京は悪天候続きでお気の毒でしたが、これからは晴れが続きそうですよ。
次に知恵さんと会う時は、レジさばきも鮮やかな店主になっているかしら?
それまでお互い元気で頑張ろう〜。
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えい、えい、お〜っ!!


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NPOとして「特別なケアーを必要とするお子さんたちのための事業」に取り組んでいます。
特別なケアー・・・って?
経済的な理由や、複雑な家庭環境などによりご家族で舞台を楽しむという経験のないお子さん。
病気療養中であったり、ご家族に障害を持つ方があったりして、それを望めない状況にあるおこさん。
そのほか様々な理由で、生の舞台に触れる機会を失っているお子さんたちがあるとしたら、そういったお子さんたちにその機会をプレゼントしたい。
その思いから生まれた「子どもの笑顔発見プロジェクト」
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本来、こうした取り組みは福祉を専門とするる方々の分野なのかもしれません。
けれども2013年、小児科病棟での「ホットアートプレゼント」の実施協力が私たちの意識を大きく変えました。
ここにも「アートスタート」の機会を待ち望んでいる子どもたちがいるって知ったんです。
どんな状況にあっても、それが生死に関わるような辛い時でさえ、子どもたちは楽しい瞬間を求め、そして笑顔になれる。
入院中の子どもたちが教えてくれました。
「全ての子どもたちが望む時、望む場所で望む人たちとアートに触れられる」
私たちが掲げるミッションのひとつですが、
「全ての子どもたち」その中にいったいどれだけ「特別な配慮の必要な子ども」がいたのだろうと、気づかされたのは言うまでもありません。

今回、「ひとり親世帯の親子に贈る」と表現したのは、特別なケアーの必要なお子さんの割合が高いという判断からですが、実際はそうでない方も多くいらっしゃって、違和感、或いは不快な印象を与えたかもしれません。
そもそも、対象となる皆さんが求めていることではない、もっと生活そのものを支えるものにこそ助けが必要だということも理解しているつもりです。

・・・とまあ、困難は予測していましたが、いやはや、やはり苦戦しております。
おおっぴらに宣伝することも憚られ、かといって個別に案内することは個人情報保護の観点から無理。
協力して下さる方々の地道な声かけにすがるより他ない状況。

開催まで10日。
何ができるのか、何をすればいいのか、
悩みつつも、前進あるのみです。




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今月は、クラルテさんの公演に始まり、たくたく堂さんの公演、一息ついて劇団むうさんの公演・・・と、ここまで14ステージが無事終了。
毎年最も忙しいアートスタート月間もいよいよ終盤に差し掛かりました。
来月には、くわえパペットステージさんとひぽぽたあむがダブルで公演予定ゆえ、あなたはあちら、私はこちらと手分けしてのサポート体制。
体調管理して元気で乗り切らねばなりません。
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昨日、今日は劇団むうさんの「こぎつねコンとこだぬきポン」の公演に同行。
何度観ても「面白い〜」。
原作はこちら⬇️

お芝居を見た後に、絵本を読むのも良いよねえ。

いろんな場所で、いろんな子どもたちと生の舞台を楽しむ日々は、体力的にはきつい(舞台の仕込みや撤収、搬入搬出のお手伝いなど力仕事ゆえ)が、それ以上に嬉しいことがいっぱいある。
何より嬉しいのは、子どもたちが身体中で物語の世界に浸っている様子、まっすぐな瞳、心配したり喜んだり、見終わった後の高揚した笑顔・・・に出会えること。

きっと劇団の皆さんもそうだろうな。
あの瞳を見てしまったら、もう後戻りできないよねえ。

アートスタートの普及に取り組むNPO こども未来ネットワーク、鳥取県の子どもたちのためにこれからも頑張りま〜す。



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笑顔は美しい。
昨日、お母さんと顔をくっつけるわらべうた♪ぺっちゃんぺっちゃん♪を知恵さんに教えてもらい、子どもたちがみせた笑顔の素晴らしさと言ったら・・・もう、その表情を見ているだけで胸がいっぱいになっちゃった。
「人を愛する」っていうことを、赤ちゃんは生まれながらにして知っているのだろうか?
お母さんを求めて、お母さん、お母さん、って求め続けるその声に応えてもらえるからこそ「美しい笑顔」が見せられるのだよね。
あんな笑顔で見つめてもらえるんだもの、お母さんは幸せだ〜。

3歳と1歳がお母さんのお膝の争奪戦を繰り広げる姿もあった。
こちらは「悲しい〜」と「うれしい〜」が戦いの末に繰り返される。
泣いたり、笑ったり、忙しいけど、これもまた幸せな母子の証拠。

夜、cafeマルマスの木曜ステージ。
プロの演技に、物語(注文の多い料理店)の世界へとぐいぐい引き込まれる。
一瞬で変わる表情、私たちも森の中に迷い込んだみたいだった。
後半にはサークルしじみのお二人による愉快なステージ。
もう、笑いすぎておなかが痛くなりそうなほど愉快。
前の席の女の子(中学生?高校生?)がツボにはまって笑いが止まらなくなっていた。
お母さんがそっと「こら、いいかげんに・・・」と耳打ちするが、もうこうなったら本人の意思ではどうにもならない。
女の子を見ているこちらもつられて笑う。
「箸が転んでもおかしい年頃」
私にもそんな時があったなあ〜
きっと、思春期にはそれが必要なのだろう。
うつうつと考え込むことと、笑い転げること、その両方のバランスを無意識に図っているのかもしれない。

うれしいとき、かなしいとき、
それが素直に表せるのはとてもいいことだと思う。
表情豊かな人は若々しく(みずみずしく)見える。
反対に、表情が乏しくなると老けて見える。

このところ、私より若い人が突然に亡くなることが続いた。
「悲しい」より先に「腹立たしい」気持ちに見舞われるのだ。
「なんで?」と。
そして徐々に、日を追うごとに「喪失感」が「悲しみ」となってじわじわと忍び寄る。

年を重ねた人が、喜怒哀楽をはっきりと表さないように見えるのは、こういうことだったのか。
自身が「鈍感」になったと気づいて、なおいっそう悲しいこの頃だ。

赤ちゃんのように、とは言わないが、いつまでもみずみずしい表情を失わない人になりたいなあ。

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めいちゃん一家が晩御飯を食べにやってきた。
満5ヶ月のかわいこちゃん。
寝返りし、狙いを定めたおもちゃに手を伸ばすようになった。
めいちゃんの気配がすると、93歳のアンテナにピン!とくるらしい。
「めいちゃ〜ん、めいちゃん、めいちゃん、めいちゃん・・・」興奮し、連呼。
めいちゃんも大きいばあちゃんが好きみたい。
ニコニコ笑って手をブンブン振り回して反応する。

めいちゃんを見るたびに「ホンチョのタマゴ」を繰り返す93歳。
「ホンチョのタマゴ」ってなに?
若夫婦が不思議がる。
「可愛くて可愛くて仕方がない子どもっていうことだと思うよ」と答える。
この辺りの方言。
私は言われた記憶ないけれど・・・。

方言辞書(goo)に、「ほんそご」が載っていた。
出雲地方の方言で「最愛の子」を意味する、と。
きっと「ほんそご」⇨「ほんちょ」になったんだろうね。
では「タマゴ」は何だろう?
う〜ん、温めてよしよししたいくらい可愛いってことかしら?

「めいちゃんは、ホンチョのタマゴ」
出会うたびに、何回も言ってもらえて、幸せね〜。
でもばあちゃん、めいこにむしゃぶりつくのは止めておいてよね。


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ここあんわらべうたの会、昨日開催の「とことこ」で今月も全て終了。
今月のとことこのテーマは「成長(大きくなる)」としてみました。
読んだ絵本はこの三冊。



とことこの人たちと過ごすのは最高に楽しい〜。
わらべうたを自分のものとして楽しめるし、いつでも「何か面白いこと」を探しているような(実際に探してどこかへ行っちゃうこともあり・・・)キラリとした瞳が、私はたまらなく好き。
自己主張しつつ、他者の中の自分を受け入れていく様子や、気持ちのコントロールが少しずつできるようになっていくのを、見守らせてもらう時、本当に大事な時期なのだなあと感じます。

そして絵本の時間、一冊の本の世界を受け止める様が、はっきりと感じられます。
自分と重ね合わせて楽しむ時期でしょうか。
そうしているうちに、登場人物を俯瞰的に見ることができるようになる。
絵本タイムは、それぞれの成長を感じられる時間でもありますね。

みんなは、大きくなったら何になりたいかなあ?
それぞれに、ちゃんと答えてくれましたよ。
ひとり一人が、それぞれの答えをちゃんと持っていて、本当に可愛いの。

私も、まだまだ大きくなりたいなあ〜。

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私は「ゲンジツ」を知らないんだなあ〜と思う瞬間がある。
こどもに関わることをしているし、子育ての現場も理解しているつもりなんだけど、
例えば、イマドキの子育てや貧困の現場などについて、目の当たりにしてはいないからなあ〜
ここあんに来る人たちは、いろいろな意味で余裕があり、子どもとの暮らしを楽しめる人たちである。
多少の問題はあるにせよ、概ね「順調、大丈夫」って言える範囲。

今日、ハッとさせられたゲンジツは、出先のカフェでの光景だ。
午前のわらべうたの会から次の予定へ昼ごはん抜きで出かけた私は、午後一の仕事を終えて次の予定までの間に何か食べておこうとカフェに入った。
注文し、席に着くと、椅子を一つ挟んだ向こうに一組の親子の姿があった。
赤ちゃん連れのその親子を見た瞬間、「え?」と思った。
その方(母親だろう)は、抱っこ紐(がっちりしたベルトタイプ)の中でスヤスヤ眠る赤ちゃんを抱いたままカフェの椅子に座っていた。
赤ちゃんは4、5か月かな?
赤ちゃん連れでカフェにいることに驚いたんじゃない。
その人は、カフェのテーブルにパソコンを広げ、その横にスマホを置いて、赤ちゃんを抱っこしながらキーボードをパチパチ・・・、スマホをスルスル〜。
カフェでお仕事しているビジネスマンのよう。
それが、特別なことでなく、彼女の日常のなのだというふうに、ごく自然に私の眼の前で続けられていることに、ドキマギしてしまった。
空のお皿とカップがあるところを見ると、軽食を済ませ、今はお仕事モードなのかしら?
その人は、私がぼんやり周りを眺めていたり、注文したものを受け取ってもぐもぐ、ごくごくする間、たった一瞬もこちらへ視線を向けることをしなかった。
時折、赤ちゃんの顔を覗き込み頭を撫でたりゆすったりはするが、私がそこにいた30分ほどの間、彼女の視線は全てモニターに注がれていて、周りの世界をシャットダウンしているかのようだった。

都会の電車の中で、大勢の人が同じ場所で同じ時を過ごしながらも他人を視界に入れぬようにスマホの画面を見つめ過ごすような感覚?
急ぎの仕事でもあったのかしら?
それとも、向かいのテーブルの人は見えないけれど、ネット上ではリアルなコミュニケーションが繰り広げられていた?

カフェを出てからも、その光景が頭から離れない。
良いとか悪いとか、そんなことではなく、
そのゲンジツを受け入れられない自分がいて、そのゲンジツを当たり前のことにしたくない自分に気づいた。
一体何を受け入れられないのかは、未だ整理できていない。







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子どもたちが「あ!いいこと思いついた!!」っていう時、大人たちは「もう思いつかなくていいです〜」って(散らかるばかりだから)心の中でつぶやいたりするのだが。
お年寄りさんも同じです。
見えると気になる。
気になるとじっとしていられない。

例えば、我が家の93歳の場合。
洗濯物が干したままになっている(夕暮れに)と、「取り込まなくては」と思うらしい。
確かに去年までは彼女の仕事であった。
けれど今は杖や歩行器を頼りに、己の体を支えるだけで精一杯の身となったのだから、両手を使う作業はできない。
無理すればできるだろうけど、転倒リスクは避けられない。
今年の春、玄関で靴を脱ごうとして転倒し右肩骨折となって以来、
「靴は座って脱ぐ、履く」
「歩くときは必ず歩行器を使う」
「一人で外に出ない」
というお約束に従い生活しているはずなのだが・・・。

ふと窓の外を洗濯物がヒラヒラしていたりすると、お約束も何処へやら
テラスへ出て(それも室内履きのまま148.png)洗濯物を取り込み(室内物干しに掛け替える)、外へ出てしまうと次には草が生えているのに気づき、これまた見て見ぬ振りはできぬようで草を抜いてみたりするのだ。

さて、仕事から帰ってみると、「あれ?なんだかおかしい・・・」
私の五感が「危険!危険!異常事態発生!」のセンサーを鳴らす。
まず、キッチンの流しの前(床ね)がザラザラしており、「あ、外へ出たな」と気づく。
案の定、洗濯物が取り込まれ室内でヒラヒラしている。
テラスへと向かうとテラスの入り口は砂だらけ。
「ヤラレタ〜」
外へ出てみると草を抜いた痕跡。
「ムムム・・・」
その後、家の中を点検す。
室内履きに砂をつけて移動しているから、93歳の動線は、じき解明される。
怒り心頭なのをぐっとこらえ、代わりに掃除機をブインブイン唸らす。
おや?お風呂場にも行ったか?
「キャ~っ!」
砂だらけのズボンを洗濯機に入れるなんて108.png、許しませんよ!!

この一件以来、帰りが遅くなるときは、どんなに天気でも洗濯物を外には干さないことにしてあるの。
できないことを増やすのは気の毒かしらと思いつつ、「お気になさらず、そのまま、そのまま」と日々念ずる私。





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留守番の93歳のお弁当を大急ぎでこしらえて、いざ出発!
東へ、車でお出かけ〜。
途中、おきまりの場所はやっぱり渋滞・・・。
2時間半かけて向かった先は、やまびこ館。
「やっぱり、来て良かった〜」と何度つぶやいたことか。
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大変そうなコンに「お弁当、預かりましょうか?」
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そして「あげどん弁当」ご相伴しました。

「絵本のひきだし 林明子原画展」会場には、いたるところにコンがいて、連れて帰りたい衝動に駆られました。
やっと、やっと会えましたから。

林明子さんの絵本、どれも好きだけど、「え!これも林明子さんだったの?」って驚いた本もあったり、初期の頃からの原画をじっくり拝見できたり、絵本制作にまつわるエピソードの数々を知れたことで今後、絵本の見え方が違ってくるだろうなあと感じました。
きっと、もっと好きになっちゃいますね。

原画展は今日が最終日。
鳥取の人は何度でも足を運べたでしょうね。(うらやましい・・・。)
往復5時間のドライブ、同行者の皆さま、お疲れ様でした。



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参加者は2歳児(男子)2名と母たち、そしてちえさん、セレンさん、私。
雨が上がって、嬉しいお散歩〜。
・・・ところが、二人揃って「歩かん〜、抱っこ〜」
大人たちがあの手この手で歩かせようと試みるも、意思は固いのね。
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そして、歩かないけど、バケツは持つのだね。

ひとまずちびっこの「抱っこ〜」に軍配が上がり抱っこにてここあんを出発。
けれど、50メートルも歩かぬうちに、抱っこされてる場合じゃない面白さに遭遇。
すぐさま走り出していきました。
すっごく大きなザクロ、きれいな葉っぱ、色とりどりの木の実・・・。
秋のお散歩は、カラフル、カラフル・・・。
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紅葉の前に早くもクリスマスムード。

セレンさんが散歩しながら詰めた秋散歩のお弁当、素敵だったなあ〜。




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