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今年もキャンドルナイトの時期が迫ってきました。
天気予報は「曇り」だけれど、時折でもお月さまや星空が見えると良いなあ〜
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キャンドルナイトは環境イベントです。
「100万人のキャンドルナイト」の精神に共感した仲間が集まって、2003年冬至にお寺で第一回を開催したのがはじまり。
「電気を消してスローな夜を」という呼びかけと共に、節電や日々の暮らしそのものを見つめる機会をつくってきました。

東日本大震災以後、節電対策がすすめられてきましたし、人々は電気の大切さを認識し、省エネモードの家電製品も増えました。
もしかするとキャンドルナイトで沢山のろうそくを点すより、LEDライトを用いた方が環境にも優しいのかも知れないなと、そんな考えも頭をよぎりますが、やはり、この日ばかりは、ロウソクに灯をともしたい。
キャンドルナイトの会場へ出かけられない方も、是非この日、同じ時間、家の電気を消して、ロウソクに灯をともしてみましょう。
ロウソクの炎を見つめながら、災害時(もしも)のことを話し合ったり、家族みんなの記念日について語り合ったり、何もしない、何もできない時間を楽しんでみてね。

今年のテーマを「星空」(どこにも書いていないけど)です。
昨年、キャンドルナイトの時見上げた夜空があまりに美しかったから、今年はみなさんにも見上げて欲しいと思ったのです。
「星鳥県」のとっとり県ですしね。
星空にまつわる歌、お話・・・など、キャンドルの灯りと共に楽しんで頂ければと思います。

個人的には、アイリッシュハープの演奏が楽しみ〜♪



最近、長老様ネタが登場しないなあ〜と思っている方もあるかしら?

私自身、笑い飛ばせる心の余裕がないこともあるけれど、笑っていられない事態(とてもブログに書けない)も発生したりして、ちょっとなあ・・・って日々でございます。

ひ孫効果により、頭の方は絶好調。

なれど、色々あって、私、可愛くない嫁道まっしぐら。

ついに、終い湯に入ることを止めました。
長老様の前に「お先に失礼〜」と早々と入浴断行。
(分かる人には分かる高齢者あるある)

さらに、長年、夫と長老様の間で長年勤めてきた「通訳」、そちらも辞職。
毎夜繰り返される「かみ合わない親子の会話」を辛抱して聞いています。

子どもに向き合うようにと、どんなに我が身に言い聞かせても、どうにもこうにも、嫁姑という関係上思うに任せず、生活上の必要最低限のお世話のみこなし、心のケアは夫に丸投げ。

私のしていることなど「介護」と呼ぶのも憚る程度のことなれど、365日、誰も代わってくれはしない「嫁」という役割は、私たちの代で終わるべきなんだろうなと思うこの頃。






赤ちゃんがいっぱいの金曜日”あぶぶ”でした。
遠野のわらべうたについて、ちょっこしお伝えしつつわらべうたと絵本で遊びました。
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「わらべうたをどうしたら覚えられますか」と訊ねる方があり、「歌うしかないかな・・・」とお返事。
こんな時いつも思い出すのは、小林衛己子先生をお招きしたとき教えられた言葉「まず100曲は歌えるようになりなさい。」
これは子どもの前で歌う者への励ましのお言葉と受け取った。

私の感覚で言えば、50曲くらい確実に覚えた頃から、新しい歌も無理なく覚えられるようになったかな。
「なかなか覚えられない」という時は、まだまだ足りないってことかも知れないね。

それでも、「覚えたい、歌いたい」って、そう願う人が増えるのはとても嬉しい。
口ずさむ人がひとり増えるごとに、同じ数、もしくはもっと多くの子どもたちへも伝わってゆくのだから。

そうそう、遠野のわらべうたの木津さんは「数は少なくて良い、ひとつのわらべうたで飽きるほど遊んで欲しい」と言っていたね。
子どもたちは「もう一回!」が好きだもの、繰り返し、繰り返し、その声に応えるうち、大人自身の体と心にしっくりと馴染んでくるように思います。


「かんこ」とは可愛い子という意味
(わらべうた♪ちょうちょかんこ)

可愛い子が生まれたので
「かんこ かんこ」となでています
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既製服を着せていますが
ちょっと、お洋服も作りたくなったりして・・・
困ったものです

そして、少し小さめのお人形キットに
手を伸ばすワタシ



お隣の県で子どものための活動を続けてきた仲間(NPO)が今年度限りで組織を解散するんだって。
組織として次の世代に引き継げる事業をつくれなかったと語るメンバーの言葉を反芻しつつ帰った。

NPO法が施行され、「NPOを仕事にできる時代」を歓迎し、やがて「協働」という名の下、NPOに寄せられる期待に応えるべく、頑張りすぎるくらい頑張った時代があったことなど思い出す。
今、NPOで働くひと、働きたいひとは増え、仕事として認知されるようになったけれど、私自身、自分の仕事にはできなかったし、やる気のある人をちゃんと雇用し続ける体制をつくれないままでいる。
それでも続けてこれたのは、関わるメンバーや支える人たちのボランティア精神と使命感あってのこと。
自分たちが動いただけの対価に勝る報酬(喜びや満足感といった心の報酬)が得られるからこそ続けられたと思う。
そして同時に、理想とする世の中にたどり着かないもどかしさが、次へ、また次へと向かわせてしまうからきりがない。

子どもたちが生き生きと子どもらしく育つことができる。
どこにいても、どの親の元に生まれても、ひとりの人間として尊重されて育つ。
そうであって欲しい。

世の中(社会)の意識を変えることに繋がるなにかができたとしたら嬉しいが、そうでなくても、ひとりの人の意識に変化をもたらすような、目の前の小さな人の心にポッと灯りが点るような時間をつくれたら、それだけで充分かなと思うようになった。

そして何より、「子どもってすごいね」と思える自分になれたこと、それを思うと、続けてきた活動になにひとつ悔いは無い。